拡がる、白色度70運動
パネラー寄本勝美(早稲田大学政治経済学部教授)
辰濃和男(日本エッセイスト・クラブ専務理事)
三橋規宏(日本経済新聞社論説委員)
原田泰明(札幌市清掃局リサイクル推進課長)
村岡兼幸(社団法人日本青年会議所直前会頭)
半谷栄寿(オフィス町内会事務局代表)

※役職は当時のものを記載

 
白の美意識
 
辰濃  きのう、札幌の千歳空港を降りたのは夕闇時でした。そして、夕闇時の風景を白いと感じたのです。東京にはなかなかこういう風景はありません。この黄昏時の白さというのは明るくてもの寂しくて、なんとなく白いという感じを受けて、すぐに「海暮れて鴨の声ほのかに白し」という芭蕉の句を思い出しました。普通の感覚でいけば、白いとは言いませんね。海の色も黄昏の色も白くないけれども、それを白と受けとる感覚。私たちは「白」との間で非常に微妙なつきあいかたをしてきたと思います。
 昔から、白い鹿が出たとか、白い雉が出たというと、神聖な神のお使いが現れたのだといいます。白は、尊敬や畏敬とか、あこがれだとか、非常に清らかなものを感じさせます。昔は、非常に偉い方や神様が白を着ました。沖縄では今でも、祝女という神事をつかさどる女性は白い着物を着ています。事実、諸々のことで日本人は白に非常に愛着を持っています。
 しかし、その白は純白ではありません。私たちの先達が美しいと思う白は純白ではないのです。
 純白は自然界にないと思います。本当に白いと思う花でもよく見ると純白ではありません。白い花というのはないのですね。花びらに気泡がいっぱいつまっているから白く見えるのでしょう。花びらを水の中にいれて置いておくと、だんだん気泡が抜けていって無色透明になってしまいます。本来自然界に白は存在しないのです。  私たちが非常に愛着をもってきた白というのは、自然界に存在する「生成り色」のことです。私たちの先祖が開発してつくった和紙は、生成り色を基調にしています。それに黄膚色を混ぜてちょっと黄色くしてみたり、紅をまぜてちょっと紅色にしてみたりします。便箋や郵政省のつくる葉書も真っ白ではありませんね。白色度は70か、それ以下かもしれません。日常の暮らしの中で無意識のうちに、私たちは真っ白でないものを好んで使っているのです。
 環境問題のためというより、心理的にもいいから70くらいの白を使うのです。古代から伝わってくる私たちの美意識そのものが、生成り色の白を求めているのです。純白の白は化学が可能にした歴史上の変化です。それは日本文化の変容とともに出てきた、最近のつかのまの現象です。

半谷  白色度70%の再生コピー用紙はやや黄色がかっています。一方で、天然パルプと同じくらい真っ白な再生紙もあります。この二種類の再生紙と天然パルプの紙、これら三つの紙について、私たちは企業人として、まず紙のコストのしくみから勉強し始めました。
 天然パルプからつくったコピー用紙の製造原価を100とすると、真っ白い(白色度80の)再生コピー用紙は101と約1%のコストアップになります。現在の経済状況では、1%のコストアップでも、製紙メーカーにとって大きな負担です。しかし、白色度70の再生コピー用紙では92と、天然パルプより8%もコストが安くなります。製紙メーカーのご協力を得て、このようなコスト構造が明らかになりました。
 製造コストが安くなる以外にも、白色度70のメリットはいくつか考えられます。それは、漂白工程が少なくなるので環境負荷が小さくなる、反射率が抑えられるので目にやさしいというものです。しかしながら、白色度の運動を始めた1994年のコピー用紙の市場をみると、天然パルプが73%のシェアで圧倒的に多かった。残り27%が再生紙ですが、白色度80のほうが70を上回っていました。そこで、コスト面と環境面にすぐれていて、目にもやさしい白色度70の紙を何とか広めていこうとチャレンジしたのです。
 製紙メーカーやサプライヤーの皆さんは本業ですので、どちらがより環境や目にやさしいか、どちらがコストが下がるか、よくわかっています。しかし、「日本人はまっ白い紙が好き」という信仰が使う側にも供給する側にもあるとすれば、適度な白さの紙の方が社会的によくても、メーカーサイドは経済的な事業としては踏み込めません。
 紙を使う側が「消費の限界設定」(注)をすれば、供給側はリサイクル型の商品を本格的に開発し、生産、販売へもっていくでしょう。
(注)「消費の限界設定」は、第四章「白さの限界設定(横島庄治氏)」に詳述
 
15%の区市町村が白色度70に切りかえる

原田  札幌市が使うコピー用紙と印刷用紙は、A4判に換算して年間5500万枚です。1996年度までは、古紙配合率70%、白色度80を使っていました。昨年、古紙配合率70%、白色度70にきりかえ、今年からは古紙配合率100%の白色度70を使っています。役所としてはすばやい対応だったと思います。
 当時、古紙市況が大変厳しく、古紙需要を上げるためには、市が率先して再生紙を使う必要があったからです。

半谷  白色度70の自治体採用状況をみると、1998年7月現在、全国で白色度70を採用している区市町村は15%です。これを低いとみるか高いとみるか。私はかなり高い水準まで到達したと思っています。
 先の参議院選挙では投票率が10%上がって野党が勝利しました。商品は10%の人が進んで買い始めるとヒットの芽が出るのだそうです。
 日本の国政を10%の人でゆさぶったのが先の参議院選挙だとすれば、15%の自治体が白色度70にきりかえたことは、コピー用紙の市場関係者、とくにメーカーとサプライヤーサイドに大きなインパクトを与えたと確信できます。

三橋  私の所属している論説委員会では1995年くらいから、使うコピー用紙はすべて白色度70に切り替えています。
 はじめは「白色度70とは何だ」と、同僚の論説委員が首を傾げていましたが、「このくらいだと目が疲れないようだ」と、だんだんと受け入れられました。現在、論説委員会では白色度70以外は使っていません。
 
拡大する白色度70市場

半谷  コピー用紙の市場全体にもはっきりとした動きが出ています。白色度70は環境負荷が少なく、コストも安く、目にもやさしいと提言したのは1994年ですが、しばらくの間、新たな白色度70ブランドが商品として市場に出ることはありませんでした。しかし、1998年には1年間のうちに13以上の新商品が発売されています。もしこの運動がなかったら、再生コピー用紙は白色度80が全盛になったかもしれません。製紙メーカーやサプライヤーサイドが何の脈絡もなく新商品の開発と販売にエネルギーを使うことは、企業として到底あり得ません。環境型商品に売れる可能性がでてきて、「白色度70%がヒット商品になる」というマーケットの読みがあったはずです。
 メーカーとサプライヤーの皆さんに、コピー用紙の今後の市場を予測してもらいました。1994年の時点では、5年後には白色度70が半減し、かわりに80が倍増すると読んでいましたが、1998年現在で、白色度80はまだ強さを保っているものの、70は半減しませんでした。70の需要は、1994年の10%から1998年には15%に増加しています。そして、今後の予測を25社に聞いたところ、白色度70が「増加する」と考える企業は9割に達しました。一方、白色度80は「横這いか減少」が8割、天然パルプは「減少する」が7割となっています。

三橋  製品のライフサイクルや新しい製品の普及カーブを研究すると、普通、新しい製品がマーケットに投入されると最初は非常に緩やかなカーブを描きます。そして、ある段階から指数関数的にぐーっと高くなって、その製品が消費者にあまねく行きわたるとカーブは横ばいになっていきます。統計学では、これをロジスティック曲線といいます。右肩上がりのS字型曲線が、製品普及のだいたいのサイクルになるわけです。
 指数関数的に上がっていく状況は、マーケットが10%を超え、15%くらいに達した段階からになりますから、白色度70の再生コピー用紙はよくここまで上がってきたなと思います。
 これからの白色度運動のやりようによっては、普及ピッチが非常に早くなる段階にさしかかっていくと思います。

新たなターゲットは企業と教育現場

三橋  地方自治体では白色度70はかなり普及していますね。1998年7月の段階で、全国に47あるうちの32都道府県が採用していますから、都道府県ベースで広がるのはわりと早いわけです。
 そこで、企業に対しての普及策です。白色度70の再生紙を使う会社を1年後には2000社、3年後は5000社、さらに何年か後には1万社にするといった目標を決め、「5000社運動」や「1万社運動」などと名前を入れて、白色度70を使っている企業名を大小問わず公開していくような運動をしたらどうでしょう。インターネットもうまく活用できると思います。

村岡  運動の輪を広げるには、知らない人の目に見えることが必要になってきます。そういう意味では、民間企業を中心に6万社からなるJC(日本青年会議所)が、強制ではなく経済メリットのある運動として、何万社運動などといって行動できたらいいと思います。

辰濃  私は、学校など教育の場で、ご協力いただければいいと思います。というのは、知り合いのある母親の話ですが、自分の息子がテストをするたびにテスト用紙の白さがいやだと言うのだそうです。冷たいし自分にむかってくるような感じがするので、もう少し柔らかな色にしてほしいと。テスト用紙や教科書を生成り色にすればいいのでしょうが、テスト用紙をどのような白さにしたいか、先生が子供たちと一緒に考える場をつくったらよいと思います。
 そして、これを文化運動と私はいうのですが、女性にもっと関心をもってほしい。再生紙のトイレットペーパーを買うのもなかなか大変です。大きなスペースに並んでいなくて、尋ねると、店員が隅の方から出してきたりします。そこで、生成り色のほうがいいし、品質もかなり優れていると、主婦の方々が共同で主張していけば、一つの文化運動として広がっていくと思います。

寄本  前回の大阪のシンポジウムで、私は、生徒が授業に出すレポートは再生紙でかつ白色度70のものを指定して、80や天然パルプものは10点減点すると約束したのですが、まだ実施していません。しかし驚いたことに、何ヶ月かの間に70の紙を使う学生が明らかに増えてきたんですね。学校内でもエコキャンパスづくりに努めていかなければと思います。

ネットワークが運動を拡げる

半谷  JCの活動には、教科書に白色度70の再生紙を採用しようと取り組んでいるところがあります。JCでは、次のステップが着実に踏まれつつあるんですね。お互いの活動の主体性にまで共通の認識が拡大していく、これが本当のパートナーシップだと思います。ご一緒していて、お互いに期待が持てるし非常に手応えがあります。  今回のシンポジウムの前に、札幌JCの古野理事長から、ドイツの子供たちが使っているノートを見せてもらいました。その紙の色はグレーだったんですね。非常に強いインパクトを受けました。JCの皆さんは、それぞれの地域ですでにリサイクルの活動を展開しています。是非、こういったネットワークやパートナーシップを大事にしていきたいと思います。

三橋  古紙リサイクル運動は、大きな視点では森林保護運動の一環として位置づけられると思います。今、里山の保存や広葉樹の植林、砂漠の緑化など、さまざまな角度から森林保護運動が活発に行われています。オフィス町内会も森林保護運動と交流しながら、白色度70の再生紙の普及運動を進めていったらよいと思います。

半谷  これまで白色度に特化することがオフィス町内会の社会的意義だと思っていました。これからは、視点をもっと拡げてNPOやNGOの皆さんと積極的に連携をはかってみたいと思います。

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